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2012年12月 2日 (日)

みこころに生きる

Ⅰペテロ 4章1ー2節
ノンクリスチャンのある人が「キリスト教とは、人々を罪の中に閉じこめる呪いの宗教だ」と評しておりました。確かに原罪とか十字架などの言葉だけを聞くなら、そう感じることでしょう。しかし、これは全くの誤解です。
 
さてクリスチャンの皆さんにお聞きしますが、「あなたは神の御心の、その中に生き歩んでおられるでしょうか?」 はい、「そうはなってない」と即座に手を挙げられる方が多いですね。ですが、そのように御心に生きたいという願いを持っておられるでしょうか? はい、全員持っておられます。 
 現実は困難なその願いに、本朝はなんて神様が言っているか、今日は聖書にその答えを求め、主に導かれて参りましょう。
 さて犯罪の意味での罪(crime)ではなく、宗教的な意味での罪(sin)においてなのですが、自分の罪は大きいと思っておられるでしょうか? はい、私もですが、大きくかつ多いのです。実は冒頭の方の言う呪いではなく、これは実に神の祝福の基なのです。「えっ!」とお思いでしょうが、そうなのです。
 
福音書ルカの7章に罪の女の話があります。そこでイエス様が「この女の多くの罪は赦されている」と言われた根拠は「彼女がよけい愛したから」と言われたのです。罪が多い(と自覚する)者は、何とかして滅びを逃れようと罪の赦しと救いを求めます。そして「赦された」者は、どれほどの喜びと感謝があることでしょうか。赦してくださった神様を心から愛するようになるのです。
 神を愛する者は1ペテロ4:2の「地上の残された時を、もはや人間の欲望のためではなく、神のみこころのために過ごすようになる」のです。罪の絶望の中から救い出してくださった神は、もう自分より大切で愛する方だからです。
 
  あなたは自分がどんなに罪深く、救われ難いものであるか、自覚しておられるでしょうか?喜んでください。あなたは自分を捨てることができ、赦され、救いの恵みの中にある方です。御心の道を歩めないと感じた時、その罪のために十字架にかかられたイエス様を思いだし、イエス様の赦しと愛に祈り、神と聖霊の力に依り頼んでください。人にはできませんが、神はどんなことでも、おできにならないことはありません。

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