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2013年6月 2日 (日)

神の愛と信仰

ローマ5章6節
  この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
 この世の宗教とは、自分の願いごとを祈りとして、この世の神にそれを求めて行きます。また神などを一切信じないお方もいるでしょう。そのような方は自分自身を神として生きておられるのです。この世の宗教も、自分教も結局は一つに帰結します。人生は自分自身のものであり、自分が幸福になれるように、自分が良いと思うように生きたいのです。

 しかし自分の願いとは自分の欲望が生んだものであって、それは支配欲、物質欲、所属欲などの産物です。これらの豊かさの究極の姿は、「お金」が代表する「富」です。金にとりつかれての殺人や自殺は後を断ちません(無信仰国日本は世界に冠たる自殺大国です)し、国家単位では戦争すらいといません(先の大戦では人の命を「一銭五厘(はがき代)」と呼んだことを思い出してください)。

 「お金」は生きていく上で必要なものですが、イエス様が荒野での誘惑で答えられたように、「神の口から出ることば」以上のものではありません。お金は偽りの目的なので、どんなにこの世での富が豊かにされても、心に喜びがありません。一つ目標を得るとすぐさまもっと激しい飢え乾きに囚われます。また人を信じることができず、孤独に打ちひしがれて行きます。

 大切なのは何を一番とするかであり、その優先順位をきちっと明確にできているかなのです。それには真実の神への信仰が唯一の前提条件です。イエス・キリストを信じる者に、何がこの世で一番大切かという質問は、これはもう愚問の類いなのです。三位一体の神を心から信じることから初め神の愛がわかります。どれほど自分が神に愛されているかということがわかることによって、神とのより深い関係、すすんで自分を神に捧げ、神の愛に応答したくなるのです。

 さらに熱心に求める人、みこころの方々には「(聖霊のバプテスマによって)新しく生まれる」道が開かれます。そうすれば神の声に「聞き従う」信仰生活が営まれていくことでしょう。このようにこの世の神ではなく、真の神を選び従う人への祝福と愛は、限り無い喜びがわきあふれる人生であり、そのように実にダイナミックに変えられていく祝福の人生なのです。

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