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2014年3月23日 (日)

HateからLoveへ

マタイ 5章43-45節  

 本日はHateという、日本語では厭う、憎むというものについて確かな決心を持ちたいと思います。なぜならHateの反対語はLoveであり、誰にでもあるHateをから、神の愛が私達にあぶり出されて来るからです。
 皆さんにお聞きします。あなたにはHate感情というものが、ご自身の心に一切ありませんか?嫌いな人、苦手な人がいませんか?心の底に今も、痛んだ過去の傷がありはしないですか?また憎い人を愛せますか?

 Hateと反対にLoveについて、主は次のように語っておられます。コロサイ3:13では「互いに忍び会い、互いをゆるしなさい」と言っています。コロサイ3:14では「愛を着けなさい」 愛は服みたいに着るものです。なぜなら愛は神からのものであり、まず神が愛してくださった、神からのプレゼントあって、自分の力ではないのです。この愛は結びの帯としては完全なものであり、すべての罪を覆う(ヤコブ5:20)のです。

 若かりし時、新入社員の時代のことです。私は隣室で仕事をしながらですが、自分に対する全くの誹謗中傷の話を聞きました。根も葉もない、ただ悪意だけがある話でした。その結果私がどうしたかは後回しにして、みなさんが同じような目に遭ったとして、どのような対応をされますでしょうか。① 気にしないようにし、相手が間違いに気づくまで待つ。② 出て行って相手を謝まらせる。③ その人が天国に行けるように願う。

 この時私は、本日の聖書箇所を思い出し、「どうか憎いと思っている相手を愛せるよう、神さま助けてください」と祈りました。憎んで、嫌ってしまうと、その炎で私自身も焼かれてしまうと思いました。ですからこう祈りました。結果は劇的でした。どういうわけか彼はその後、二度と悪いことを言わなりました。また一緒に卓球をしたり、その後まったく普通の関係になりました。不思議な神の力を感じました。

 キリストは間違いなく弟子だけでなく、信じる者すべてに「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」と命令されたのです。この最後には「それで(=それができて)こそ天の父の子どもになれる」と結んでおられます。ですからはっきりしていることは、クリスチャンがHate感情に支配されてはならないのです。悪口を言われ、迫害されても、「憎い相手を滅ぼしてください」と主に願うことは、御心でありません。天に宝を積む機会を逃しているだけでなく、天を受け継ぐ資格まで失いかねません。この類いのクリスチャンを実際見ましたし、それは重大な結果を招くのです。

 みなさん、天国には憎しみの心を持ったままでは行けません。それは天にとって異物であります。あなたにはそれができません。しかし私達を愛し十字架に架かってくださった神の愛によって、神の力によってそれは可能となるのです。

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