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2014年12月 7日 (日)

ハデスから

Ⅱテサロニケ 1章7~10節

 本日は通称天国と地獄と呼ばれるところからのメッセージです。
 まず言葉の整理をしておきましょう。天国とは新改訳聖書において、地上のエルサレムではなく単に「都」とか「神の国、あるいは神の都」、「天のエルサレム」と呼ばれているところです。地獄とは「ゲヘナ」とか「火の池」と呼ばれるところです。
 これと混同しやすいものに、よみ(黄泉または陰府と表記)と言われている「ハデス」があります。このハデスは天国と地獄が完成するまでの一時待機所のような存在です。ハデスは信者が死後行く「アブラハムのふところ」と、不信者が行く「苦しみのハデス」の二層構造となっており、間に深い淵があって、行き来できないようになっています。苦しみのハデスはまた、「外の暗やみ(マタイ22:13)」とか「火の燃える炉(マタイ13:50)」とも呼ばれています。ハデスは最後の審判が行われると、それぞれ天のエルサレムとゲヘナに移行して、終わりになります。

 さてもう少し具体的に見ていきましょう。ハデスはすでに旧約に在ったところです。ところがイエス・キリストが再び天に戻られた時から、ハデスのアブラハムの懐は天に移行したようです(エペソ4:8、ヨハネ14:2-3、マタイ11:12)。また「苦しみのハデス」の方ですが、こちらはその後も千年王国が終わるまでずっと残り続け、最後の審判によって、ゲヘナへ移行してやっと無くなります。つまり不信者の審きは、一度だけ、最後に行われるのです。そこでは、命の書に名前が記載されていない人すべては、その行いに報われる形での永遠の責め苦、ゲヘナに落とされるのです。ただゲヘナそのものは、キリストの再臨の時にはできておりました。キリストの再臨の時、反キリストと偽メシアの二人がこの時すでに、ゲヘナに投げ込まれたからです。

 さてもう一度整理しておくと、天国はキリストの初臨から始まったこと。御霊の体はキリストの空中再臨からで、この結果天国は、霊体から血肉とは異なった体を持つ段階に入ったこと。この後の地上再臨は、主として信者の居なくなった地上の審きのためのもの。この後の千年王国時代は、それまでのサタンの支配が終わり、神の霊と殉教者たちが王となり、すべての聖徒が支配する時代となること。しかし最後にはサタンが放たれ、残った者すべてが試みを受けるようになること。最後にサタンが再び解き放たれ、その後、最後の審判が来ること。最後の最後に天のエルサレム(天国)が、着飾った花嫁のようにこの地上に降りてくること。

 今生きている私たちは、これらのことを理解した上で、それぞれの使命を果たしつつ、なんとしてでも天の御国に行くことを願い求めましょう。自分の力ではなく、神によってあわれみを受ける者は幸いです。 

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