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2015年4月 5日 (日)

感謝と聞き従いと信仰

1テサロニケ 5章16~18節 
 本日は「感謝」がテーマですが、群れで語られている信仰の概説を二つの図にし、さらに私なりの図を三つ目に表してみました。こうしてみますと「感謝」とは「信仰」Photoを使う、働かせる、用いるといった実際的な運用であり、その中身であることがわかります。聞き従うという判断がまずあり、それを受けてすべてについて感謝する行いをするのです。

 聖書の人々、アベルは信仰の行為をして不当にも殺されました。ノアはどんな嘲りや屈辱にも耐え て箱舟を作りました。アブラハムは行き先を知らずに旅に出て、海の砂、空の星ほどに一つの国民を与えると約束されました。しかし世で神から与えられたのは、妻を葬るためのマクペラの洞窟だけでした。イサクもヤコブも同様でした。長い奴隷生活をはさんで約束の成就の時が来るまで、彼らが得ていたものとは、神の言葉だけでした。彼らは世においては寄留者であって、輝かしい永遠の神の都の一員である彼らには、この世はふさわしいところではなかった(ヘブル11:38)のです。彼らは信仰の人として世を終えて死んだのです。

 この原則は今も変わりません。地上は私たちにふさわしい所ではなPhoto_2いのです。この地上で命があるのは、神の計画があり、託された使命があるからです。どんな使命であろうと命ある限り、いつも喜び、絶えず祈り、ますます「すべてのことを感謝する」証し人として一層立って行きましょう。この「すべてのことを感謝する」のは、私たちが世に属するものではない、いわば天に帰る存在であることの証明です。信仰が無い人は世のことしか見えず、悪いことを感謝できません。

 しかしこうした感謝の結果、世において祝福されること、報われることも起こってくるでしょう。しかしこれは第一義ではなく、副次的なもの、添えてPhoto_3与えられるもの(マタイ6:33)なのです。世での報いを求めて感謝することは、本末転倒です。神は必ず答えてくださいますが、それは神様の方法であって、人間の想像を超えた最善の計画であることを知るべきです。もう一度言いますが、まず聞き従いという判断があって、感謝という行いがあります。結果は、神の御心次第なのです。

 これからリバイバルの時代が始まって行きますが、それはあらゆる天変地異や戦争が起こり、人類の半分が死んでいく恐るべき時代を背景に、全世界を救う神の栄光が現れるのです。ですから感謝がなければ信仰を保ってはいけないだろうと言われているのです。みなさん、すべてを心から感謝いたしましょ

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