フォト
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

ウェブページ

無料ブログはココログ

« まったき愛を求めて | トップページ | 人の願いと神の計画 »

2015年10月18日 (日)

クリスチャンの訓練

へブル書 12章5節
わが子よ。主からの懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。
 対局から見れば、これからの終末の時代には患難時代と呼ばれる非常な困難な時代が来ます。それは驚くべき天変地異、天候不順による飢え、人間同士の醜い争いが続き、人の心が荒廃する時代でもあるのです。そして人々はますます罪の深みにはまり、反キリストにつくか、それとも唯一の神に救いを求めるかの究極的な選択を迫られるようになります。リバイバルはこうして始まるのです。
 しかしそのような時代になってからでは、必要とされる多くの導き手、牧師や伝道師を養成することは、たとえて言えば「泥棒を捕らえて縄を綯う」ようなものです。それでリバイバル前の今の時代に、なんとカリスマ派の教会に導かれた皆さん、おわかりでしょうか? みなさんはリバイバルの救いのため、多くの人々を漁る使命がある、言わば召された人々なのです。
 それで個人お一人お一人について言えば、大勢の人々は皆違うように、皆さん自身も異なった場所、育ち、人柄から成り立っています。しかし共通していることがあります。神を信じて救われ、天国へ行けると祝福されたはずなのに、現実はかえってつらい目に遭っているクリスチャンであるということです。それで「これでは話が、約束が違う!」と怒りまくっている人もいると思います。
 かつて私自身もそうであったのですが、今、ちょっと落ち着いて、静まって聞いていただきたいのです。そんなあなたは神に実の子として愛されているからなのだ、と言うことです。訓練には必ず目的があります。なければそれはいじめであり、残酷なものです。しかし神はそのようなお方ではありません。愛なるお方で、そのようなことはしようとしてもおできにはなれません。ではなぜですか? ですからこれはあなたにとってどうしても必要な「神の訓練」であり、またその渦中にあるということです。本日の御言葉から言えば、主は愛する子には必ず試練を許され、例外なくむちを加えられるのです。ですから試練がないということは、逆に言えば、残念ながら神の子どもではなかった、と言うことにもなるのです。
 また兵隊になって、何の訓練も受けずに戦場に出されたとしたら役に立たないどころか、すぐに死体になってしまうことでしょう。ですから訓練と言えども、時には死ぬほどの厳しい訓練が新兵にはあります。私たちの戦いは、人間の力をはるかに超えた、暗闇の支配者に対してなのです。これに勝利するために訓練は、絶対必要なのです。
 そういうわけで試練にあっている方は喜んでください。訓練の結果は明白です。自分の人生は自分のものと考えたり、世のあらゆる肉欲に支配されることなく、聖霊に満たされた御心を第一に行う者となって、神の使命を全うする者となるからです。

« まったき愛を求めて | トップページ | 人の願いと神の計画 »

試練」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/592434/62566078

この記事へのトラックバック一覧です: クリスチャンの訓練:

« まったき愛を求めて | トップページ | 人の願いと神の計画 »