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2016年3月13日 (日)

先ず第一に求めるもの

マタイ 6:31-34
だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます

 ウルグアイという南米の国に、ムヒカ大統領が言った言葉「貧乏な人とは、少ししか持っていない人ではなく、無限の欲が有り、いくらあっても満足しない人のことだ」が心に沁みます。大統領としてのほとんどの収入を献金し、自身は月千ドルで郊外の小さな農園に暮らしました。自分の財産は小さな農園と古いビートル、それにトラクター1台でした。しかし大統領になる前のムヒカさんは、ゲリラ上がりで6発の銃弾を受けて、13年も刑務所にいた人です。そんなところは南アのマンデラ大統領とよく似ていますね。
 
 さて欠乏感に取り憑かれている現代人にとって、「飽くなき物欲に支配されている自分」とその脱出を探すことは、本当の幸福を見つけるスタートになるのです。それは単に諦観したり、哲学にふけるといった、我慢したり、他のことに熱中することでは一時的なものに終わることでしょう。そうではなく、命よりも大切なもの、幸福なもの、価値ある生き方を見出すことではないでしょうか。
 
 そしてそれは、真の神を信じ、従うことでしか実現しないことを、私は断言できます。聖書にある「心を尽くし、思いを尽くして、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ」とは、三千五百年前から今に至るまで、変わらぬ真実な言葉です。
 神さまは、その人その人に何が必要かをご存知です。皆が皆、同じものが必要なのではありません。ひとそれぞれ異なるのです。人が持っているものを羨んでも、それは貪欲の罪に当たるかも知れませんし、せっかく手に入れても、宝の持ち腐れというか、失望を味わうことさえあります。これらは神に自分の命の目的、真の生かされた方を聞いていなくて、空しく世をさま迷っている姿です。
 
 私たちはそうであってはなりません。神さまを信頼し、御手の中にご自分の生活、生き甲斐、能力、喜び、感謝を見出しましょう。それでも世の人々はお墓とか法事、近所のお勤めなどいろいろな世のことを言ってきますが、それらは私たちにとっては枝葉末節なことですし、正直関わりたくないことです。しかしながら、イエス様が魚の口から1ステタル貨を納めさせたように、「人をつまづかせない」程度には対応するにとどめましょう。
 何よりも先ず「神の国と神の義を求めよ」です。あなたの「神の国」、あなたの「神の義」は何でしょうか?
 
 私たちは激しい消費社会に踊らされています。会社としては売れるもの作りとその販売に命を賭けているわけです。ですから私たちクリスチャンとしては、神の御心と与えられた使命をまず第一にし、徹底して聞き従っていけるよう、聖霊の満たしと祈りとを求め、強めて行かなければなりません。世における私の神の国とは、その中で成就し神の栄光が現されていくことでしょう。

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