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2016年5月 1日 (日)

神の時

ローマ 9章33節 
見よ、わたしはシオンにつまずきの石、妨げの岩を置く。彼に信頼する者は、失望することがない
 
この 20世紀が終わろうと言う頃の世紀末に、世界が終わるという預言がありました。信じた人々は財産をみな売り、ある山に集結して新しい世界を待ちましたが、ただ日付が一日変わっただけでした。この群れでは、預言で時の特定を聞けば、即座にそれは偽預言だと判別します。時とは下記の聖書にあるように、神の主権であり、キリストでさえ知らされないものだからなのです。
 
この天地は滅び去ります。-中略- ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも 知りません。天の御使いたちも子も 知りません。ただ父だけが知っておられます。マタイ 24:35-36
 
まず私たち人間と神さまとの関係ですが、父とその子とされた存在、贖われて買い取られた存在、しもべなどが語られていますが、これには段階があります。まず私たちは罪人で地獄へ落ちるべき存在でした。しかしイエス・キリストを信じ、罪が赦される者となりました。十字架の身代わりをもって買い取られた(贖われた)存在なのです。ですから信じた者は神の所有へと移転した神のもの、神の奴隷なのです。ですからこの世で命ある間は、主人たる神の御心を忠実に行なわなければなりません。どれだけ忠実にやったか、喜んで全うしたか、それが天でのお褒めにあずかる基準となります。そして私たちが天に帰って行った時には、私たちは神の子となります。それは幼虫からさなぎへ、そして成虫になる昆虫の生態のようです。
 
そういうわけで今は、神の僕として忠実に聞き従わなければならない時代です。するとどうしますか? 御心を知りたいとおもうでしょう。しかしそれが聞こえない人、奉仕をし、毎日でボーションを捧げ、聖書を読んでください。必ず心に響く御言葉がありますので、祈りの内に御言葉を聞いて行う者になりましょう。
 そのようにキリストに信頼する者は、願いや御心の成就を自分の時で決めない。神の時に委ねているので、忍耐する。つまり神のご都合、計画で行われることに従う。聞き従いとか従順するとは、神が為される時を待つことでもあるのです。それゆえ神の成就を見る人となります。
 
 みなさん自分を主に明け渡し、熱心に聞き、徹底的に神の時が来るまで従い続ける信仰を求めましょう。みなさん、忍耐を主に祈り求めましょう。これは信仰を求めることとほぼ同一です。神を信頼する者は、「時」が待てる者、時はそのバロメーターなのです。

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