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2016年8月14日 (日)

神の愛

Ⅰヨハネ 4章16節
私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。

 人はよく次のようなことをつぶやきます。私はひどい人間だ。徹底した自己中心でエゴイスト。自分よりも神を、隣人を大切にすることが愛なら、自分は一度だって人を愛したことはない。自分は人前では取り繕っているが、偽善家で情けない人間だ。だからこんな自分は誰からも愛される資格はない。しかも取り柄のない不出来な失敗作の自分だ。他の人よりすぐれたところなど何もないない。こんな自分はきっと生きていても、迷惑な存在なのだ。神だって、こんな人間を愛するなんてできるわけがない・・・・と。
 
 しかし神はあなたを、母の胎の前から知っておられ、選んで母の胎の中で形造られたのです。ですから神はあなたをあなた自身よりよく知っておられるのです。私たちの罪の状態も、救いようのない心の状態も、そして今の心もすべてご存知なのです。それだけではありません。全知と言って、神は生まれる前も、今も、そしてあなたの人生の終わりまでご存知です。その方があなたを愛していると言われているのです。
 
 当然、神はあなたが自分で失敗作だと思っていようがいまいが、あなたを造られた方なのですから、そのあるがままを知っておられ受け入れて、愛していてくださっています。人間の親ですら、生まれて来た我が子が不出来だろうと、問題があろうと、この子は自分の子でないなどとは決して言わないでしょう。ですから神はあなたを決して見捨てられませんし、その愛が変わることがありません。これを信じることで、私たちは子としての実質を受け取ることができ、人生を最高のものとしてくださる特権をゲットするのです。
 
 ただ神さまは聖い方ですから、過失はともかく、導かれた悪い所、神さまの方に向いていなくて犯した罪は悔い改めてください。神は十字架のあわれみで必ず赦してくださいます。
 次に試練のことですが、自分に子どもが出来るとよく分かります。親としてはわが子に最高の人生を送って欲しいと願います。愛しているからです。それで生きていくのに必要な勉強が出来なければできるよう、一生懸命励ましたり、注意したりします。でも「あれっ」と思うわけです。自分の時はこうまで熱心ではなかった、と。神さまも同じです。最高の人生を私たちに送らせたいので、励ましたり、注意したり、懲らしめたり(ロマ 2;4、黙示3:19 )されるのです。そのような訓練、試練を与えられず、放任されたままであったら、それは実の子とは言えません 【ヘブル12:8】。
 
神さまは私たちに最高の人生を送って欲しいと願っておられ、その愛が私たちに注がれているのです。しかもミスの多い人間の親と違って、神の守りは完全です。聖書に繰り返しあるように、神は人間を愛していてくださるのです。そうなると私たちの側では神の愛を「信じる」と言うことが、何をさておいても重要となります。ただ一つお願いです、わたしたちはこの神の愛から、決して逃げ出したり、途中下車してはいけないのです。

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