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2016年9月11日 (日)

人はうわべを見るが、神は心を見る

1サムエル16章7節
しかし【主】はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが【主】は心を見る。」
 
 この聖句は、最後の士師で預言者のサムエルが、新しい王を選びにエッサイの家を訪れた時、神からあったことばです。エッサイの長子がサムエルの目にはふさわしく見えたのですが、主の目は違いました。私たちにはできない人の心を見ることが、神にはできるからです。これは神のご性質をも教えてくれています。
 
サムエルに限りません。私たち人間というものはよく間違いを犯します。見えることが正しいと信じているのですが、実はそれも多くの間違いを含んでいます。例えば私の髪です。この頭、「かなり灰色になって来たな」と思われませんか。実はその見方、間違っています。グレイの髪の毛なんて存在しないのです。床屋でよく見てもらうと白い毛か黒い毛か、そのどちらかなかったのです。グレイの毛はないのです。見ていても錯覚するくらいですから、人は神と異なって間違う存在なのです。
 
この宇宙、地球とこれに住むあらゆる生き物とその命。神は六日目の最後にご自分の姿に似せて人を造られ、この被造物全体を私たちにお委ねくださいました。人のために一切が造られたのです。このすべては神は人と交わり、人は神と交わるためなのです。神は人の心をお求めなのです。
 
私たちはどのようにして神と交わり、神を愛するようになるのでしょう。それは私たちの真実の姿を見、救ってもらわなければならない自分と神の愛が分かり、十字架によって罪から解放される時に、霊的な交わりが回復されて可能になります。その恵みは非常に大きく、血肉の命に優るものです。神は裁かれると恐れる人もいるようですが、それは神に背き続けた結果であって、自らが選び招いたものです。神は愛そのものなのです。
 
 神は唯一、全知全能のお方ですから、人の心を見られます。私たちが神に助けを呼び求める時に、神は助けずにはおられないお方です。神に助けを求める者は助けられ得です。変にプライドをもってしまい、神に求めない者は気の毒な結果になります。遠慮なく神に救いを、助けを求めましょう。その上で、助けられた感謝と喜びを神にささげましょう。これは重要な交わりでもあり、愛の基礎、土台です。ですから私たちは、助けを呼び求める時、神が必ず助けてくださることを前もって感謝しますし、たとえそれが自分の思った通りの結果ではなく、違ったとしても、神に祈ったものであれば、これが最善の結果であることを知っているのです。神を信じる者には、すべて神の許しの下にあります。神への信頼とは、間違いやすい自分の目よりも、神を信じているからです。 

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