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2016年9月 4日 (日)

福音

マタイ 3章2節 
「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」
       
 私たちはこの体がやがて滅ぶことを知っています。滅ぶものより、滅ばないものに価値があるのは当然です。ですからこの命は、後に来る永遠の霊のいのちと御霊の体を受けるためにあるのです。しかし現実は逆さまで、血肉の命だけしか知らず、その後の最も大切なことを失う人がほとんどなのです。
 
 福音は滅びから救われることのグッドニュースです。しかし自分中心の生き方をしたい人は、福音を受け入れることができません。しかしここにおられる神を信じる方は、どうして福音を受け入れられたのでしょうか。まことに失礼ですが、みなさんには、ある意味、世的には不遇であられて、あまりこの世に希望を持てない人たちではなかったのではないでしょうか。ですから皆さんは神の福音を受け入れられた。神に希望を持ち、十字架の救いを信じ、クリスチャンとなることができたのではありませんか。
 
 もしそうならば、皆さん、これまで「自分の人生にこれさえなかったなら」と思って来たことが、逆に自分を永遠の命に導いた「宝もの」なのではありませんか。つまり欠点や、人生の挫折、こころの傷があったればこそ、信仰を持ったのであれば、それを大切な宝として喜び、感謝しようではありませんか。
 
 宝物をこっそり隠す人もいるでしょうが、たいてい人はそれを自慢したいものです。ですからクリスチャンの自慢は、普通の人なら決して明らかにしない自分の欠点や愚かさです。人前での証に、これでもかというほど、自分の罪や愚かさをはっきり言う人がいますが、まさにこれぞクリスチャンの印です。
 
 さて私自身にも過去、大きな苦しみがありました。それで癒やしを求め、聖霊なる神様を求める絶大な恵みに預かったのです。もちろん感謝していました。ただし、口先だけで、心からとは言えなかったのです。そのことを先だって妻から指摘されまして、「そうだった、心からしていなかった」と悔い改めさせられました。たとえ今は口先だけでも、心から神に祈り求めるなら、これは御心ですから、必ずできるようにしていただけます。これが私たちの信仰です。
 
 皆さん、福音の恵みに預かった私たちは、光の子どもです。影などはないのです。無理に笑顔を作るのではなく、心ににじみ出てくる喜びが溢れるのです。それでこそ福音を伝える器としていただけることでしょう。祈り、求めましょう

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