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2017年4月30日 (日)

父のみこころ

ヨハネ 6章38~40節
38 わたしが天から下って来たのは、自分のこころを行うためではなく、わたしを遣わした方のみこころを行うためです。
39 わたしを遣わした方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしがひとりも失うことなく、ひとりひとりを終わりの日によみがえらせることです。
40 事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。


 数日前に黙示録の2ー3章を読みました。七つの教会は、すべての時代に存在した教会の信仰の型だと言うのが私たちの見方です。今回この箇所を読んでいて、これまで気がつかなかったあることを見つけました。みなさん、どうしてスミルナとフィラデルフィア教会が良く言われているか、ご存知でしょうか。それはこの二つの教会だけが「悔い改め=罪・過ち」を指摘されていないのです。
 
 さてそれはさて置き、残りの五つの教会をさらに詳しく見ていきますと、P牧師も指摘されている通り、たとえフィラデルフィア教会でも携挙が全員ではなく、五つの教会であっても、悔い改めるならば「いのちの木の実」、「新しい名」などと天の都、新しいエルサレムが約束されています。これはバプテスマのヨハネからヨハネによる黙示録に至るまで、「悔い改め」が天への鍵であること、これが聖書が語る一貫したテーマです。
 
 ですから「悔い改め」を否定的に受け止め、抵抗を感じ、忌避している人は、取り返しのつかない大間違いをしているのです。イブが善悪を知る木の実を食べて以来、全人類は罪の中に居ます。では神は私たちを、地獄の滅びに落とすために造られたのでしょうか。違います。神のみ心が聖書に、はっきりと次のように書かれてあるからです。
マタイ18章12-13節
だれかが百匹の羊を持っていて、そのうちの一匹が迷い出たとしたら、その人は九十九匹を山に残して、迷った一匹を捜しに出かけないでしょうか。このようにこの小さい者たちのひとりが滅びることは、天にいますあなた方の父のみこころではありません
ヨハネ6章40節
事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです
 天の父なる神は、罪から私たちを救うために、尊い独り子イエス・キリスト様を遣わし、人間の罪の身代わりとして十字架で死ぬことをお命じになりました。ここに神の愛があり、信じる者に完全な赦しが与えられます。赦された者は滅びから免れ、御霊の体という滅ばない新しい体と、永遠のいのちを持って神の国の一員となります。
 
 ただし、罪が分からねば悔い改めることができません。罪がわかることは打ちのめされる一面がありますが、十字架によって悔い改める者は赦され、神に祝福される者となっての大逆転の結果になります。悔い改めることは何と素晴らしいことでありましょう。天国へのパスポートです。ハレルヤ! 感謝します。

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