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2018年5月

2018年5月27日 (日)

イスラエルの望みのために

使徒28章20節

このようなわけで、私は、あなたがたに会ってお話ししようと思い、お招きしました。私はイスラエルの望みのためにこの鎖につながれているのです                   

 パウロは「私はイスラエルの望みのために、この鎖に」と言っています。苦難の果てにやっとたどり着いたローマ、その三日後、ユダヤ人の主だった人たちを集めて牢獄の中で言ったのが今日の言葉です。相手はユダヤ人であって、クリスチャンたちではありません。ここに至ってもなお、福音はまずユダヤ人に語られなければならないのです。
 「イスラエルの望み」とは何でしょうか? それはメシア預言のことです。これはメシアニックユダヤ人の方のたとえ話です。ある時、車を運転していた人が異常に気づいて車を止めて調べました。するとタイヤが一つありませんでした。そこで乗っていた人たちは、タイヤを前の方に捜しに行ったというのです。

 だれでも分かることですが、この人たちはタイヤを見つけることができません。タイヤは走ってきた元の道のどこかに落ちているのです。「メシアはまだ来ていない、これから来る」と思っている現在のユダヤ人をうまく言い表しているとは思いませんか。メシアはすでに来ているのです。それはイエス・キリストというお方です。パウロはそれを何とかして同国人に伝えようとしていたのです。

 さて、どうしてユダヤ人は前を捜しに行ったのでしょうか。これは実に不思議な話です。それは後ろを決して見たくないからかも知れません。なにしろ、ガリラヤ人にして大工の子、イエスなる人物をあざ笑い、呪われているとし、むごい十字架にかけて殺したのです。ですからユダヤ人なら後ろを捜してはならないわけです。

  ところでユダヤ人はなぜイエス・キリストを冒涜罪で殺したのでしょうか。それは神は自分たちのものであり、律法を遵守 (じゅんしゅ) し天国切符をゲットしているという高慢さのゆえです。神殿で祈っていたパリサイ人と、悔い改めていた取税人のどちらが義とされたか、イエス様のこのたとえ話が分かり易い話です。罪深い人間が「義」とされる、それが自分の力によって、行いによってできるとするところに傲慢があることに気づけるかどうか、が最大のポイントです。

  人は自分の力でできないことが分かった時、本当に悔い改めます。それだけではダメで、その自分の罪のために身代わりとなった神の愛が絶対必須でした。ですから罪人はイエスをメシアとして信じ、救われました。私たち異邦人が自分の罪を告白し、イエス・キリストを信じるということは、何という祝福でしょうか。

2018年5月20日 (日)

パウロの誓願

使徒18章18節
パウロは、なお長らく滞在してから、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向けて出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは一つの誓願を立てていたので、ケンクレヤで髪をそった。

第二回の伝道旅行で1年半という長い期間コリントに居たパウロは、エルサレムの事情が知らされたのでしょうか、急いでエルサレムに行こうとします。コリントから丘を越えたエーゲ海側の町ケンクレア髪を剃りました。私たち日本人的な感覚では、何らかの願い事が生じて髪を剃って=誓願を立てた、とこの箇所からは受けがちです。実は反対です。聖書【民数6:1-5】によると髪を剃るのは、誓願が終わImg_0848_2ったからです。

さて私は以前からパウロがどんな誓願をしていたのか、かなり気になっておりました。今回の聖書通読で、その一端がわかってきたように思います。パウロは異邦人の使徒とされていますが、実際にはパウロは同胞ユダヤ人が救われることを第一にし、そこが閉ざされると異邦人に行ったのです。福音は先ずユダヤ人に宣べ伝えられなければならなかったのです。パウロは新しい目的地に着くと、真っ先に会堂を捜し、安息日にはその会堂でイエス・キリストこそがメシアであると、いつも命懸けで語りました。

今でもそうですが、ユダヤ人は捕囚以後、
世界各地に住まざるを得なくなりました。当時のローマ帝国内各地には、会堂を中心にしてユダヤ人が共同体を営んでいました。パウロたちも知らない土地でのとっかかりとして、同じ神を信じているユダヤ人の方が伝えやすかったということもあったことでしょう。実際、その結果として当時のクリスチャンのほとんどはユダヤ人だったようです。しかしユダヤ人と異邦人との間には、同じクリスチャンでありながら…パウロがマルコに割礼を受けさせなければならなかったように…非常に大きな壁がありました。

エルサレム会議以降、異邦人はユダヤ教への改宗を意味する割礼を受けなくていいことになりました。ところがこれは、ユダヤ人クリスチャンまで律法から解放されることではありません。特例的に容認されただけなのです。つまり教会内に、安息日の過ごし方、律法に規定された食事など、まったく異なる二つのグループが存在するのです。初期エルサレム教会で、ギリシャ語を使うユダヤ人(つまり外国育ちの同じユダヤ人)のやもめたちがなおざりにされて七人の執事が誕生しましたが、さらにユダヤ人と異邦人となれば、もっと大きな問題が生じたことは間違いありません。これはエルサレム教会だけでなく、すべての教会での一大問題でした。そこでパウロが願ったこととは、ユダヤ人も異邦人も分け隔てなく、共に一つの御体となって教会形成することだったのではないでしょうか。
しかし誓願を立て、コリントに長逗留している間、パウロに聞こえて来たのは願いに逆行するエルサレム教会の律法主義化でした。A.D.50年ごろからイスラエルは、反ローマの民族運動がますます高揚し、66年にはついに戦争が始まります。そのような渦中にあるエルサレム教会は、存続をかけてますます律法に熱心になって(使徒21;20)行った・・・・パウロの願いとかけ離れたものになって行きました。

もはやエルサレム教会にとって、ユダヤ人と異邦人の分け隔てなく信仰義認の福音を語るパウロは、律法をおろそかにさせる、非常に困った人物になっていたのでしょう。神の計画は福音をユダヤ教から別離させ、キリスト教として全世界の民を救うことでした。パウロの誓願を超えて神の計画は大きく、パウロはそれを知って「みこころのままに(参考:使徒18:21、22:14)」と誓願を取り下げた、と理解するのは如何でしょうか。事実、急いで行ったエルサレムにおいてパウロは、その現状を確認したようで、もはや挨拶だけをしてアンテオケに帰るしかなかったのでした。

どんなに祈っても、しばしば自分の心からの願いや祈りが聞かれないことがあります。しかしそれには最善の神の計画があるためなのです。ここでは神を信頼し、委ねていくパウロの信仰を見るのです。

2018年5月13日 (日)

試練とみ言葉

使徒10節13節
あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

  本日はⅠコリ10章13節の後半の<脱出の道>を示されました。では試練に、どんな脱出の道があるのでしょうか。

試練はたとえ辛くても、天の喜びです。つぎのみ言葉があります 「もしあなたがたが、すべての子が受けている訓練を受けていないとしたら、私生児であって、本当の子(実子)ではありません。(へブル12:8)」 つまり、神の子としてくださっていることの証明なのです。

とは言え、確かにその渦中にある時はこんな余裕はない。私自身にも経験から言っても、鞭打たれているその痛みに「う、うれしいですーっ」とは、言えるものではありません。
脱出の道とは「どうしてこの苦しみが自分に許されて、この終わりがいつ来るか」、という理由がわかり、希望があることです。多くの試練はただ一つのことを目的としています。それは「自分の罪がわかって悔い改める」ことです。深刻な自分の罪がわからなければ、人は心から悔い改めることができません。十字架がまさしく自分の罪のためであったと100%受け取れなければ、十字架の神の愛もわからないし、聞き従ってみこころを行おうとは思わないことでしょう。けれども問題が一つ、理由とかいつまでは神様に聞くしかないことです。ですから熱心に主に期待して祈ってください。神は真実な方ですから、必ず答えてくださいます。

さて昨夜三本松牧師のお父様の話が紹介されました。退職後、野菜作りを始められたお父様は、野菜作りを勉強され、理想的な土作りから毎日の水やりまで、それは丹精込めて育てられたそうです。しかし結果は、虫がつきまとい、根腐れを起こし、収獲しても味がイマイチだったそうです。そこで野菜作りの先輩に教えを請うと、甘やかして大事にし過ぎだったと。そこで肥料は最低限にし、水やりは枯れそうな寸前まで控える。すると野菜は「これじゃいかん」と頑張りだし、虫を寄せ付けず、わずかな水をしっかりと取り込み、せめて子孫だけは残そうと、自分の身を捨てても次代に託すように熟成した実をならせるのだそうです。

人間も同様です。神は私たちの限界をご存知ですから、必ず護ってくださいます。枯れることはありません。私たちを通してすばらしい実をつけさせようと鍛えてくださっているのです。神を信頼しましょう。

2018年5月 6日 (日)

聖霊のちから

使徒 1節8節
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。

 久しぶりにテニスシューズを洗った時のことです。洗ったバケツの底にたくさんの砂が残っているではありませんか。砂場のようなコートで履いていたので、洗えばたくさんの砂が出るのは当然です。続けて二回、三回と洗いましたが、砂は少なくなっても出続けました。それから何度洗ったことでしょうか、減りはしても、砂は完全になくなりません。とうとう七度目ぐらいであきらめました。あきらめた瞬間、この砂とは私の罪のことである、と示されたのでした。

ローマ6章22節に聖潔(せいけつ:holiness)という言葉が出てきます。これは、聖化とも言い、神を信じる者が罪から離れ、徐々に聖別されていくことを指しています。しかし恵みによってたとえ清くなれたとしても、血肉の体の状態では生涯、罪と関わりを断つことができないという示しでもありました。

世にある限り人は罪から逃れられない、このことは天への希望をさらに抱かせますし、常に罪人として謙遜であるべきことを学ばせてくれます。もし自分がかつての罪から少しでも遠ざかることができていれば、それは100%自分の力ではなく、神のあわれみによって与えられた聖霊の力によるものです。私たちは自分ではなく、聖霊様を証するのです。清められたことを少しでも自分の努力の結果だとしたり、聖くなったと思い上がったりすると、そこにサタンが入ることを忘れてはなりません。第一回伝道旅行でのこと、リステラでゼウスの神々としてバルナバとパウロが崇められようとした時(使徒14章)、パウロたち二人が自分の衣を裂いて群衆の中に飛び込んで、「自分たちも同じ人間です」と言う叫んだのはこのためでした。
美わしの門でペテロたちが足の不自由な人に奇蹟を行いました。これは聖霊が二人に示し、不思議としるしを行わせのです。彼らは一見して「癒やされるのにふさわしい信仰がこの男にある」とはわかりませんでした。ただ神に示され、行ったのです。これは聖書には書いてはありません。しかしそのことが私に示されています。パウロたちもリステラで叫んだように、私たちは「聖霊の働き」の証人に過ぎません。

すべての栄光は神にあります。私たちはその証人として用いられるのです。証人が神の栄光を奪って自分の手柄にしてはいけません。どんな些細なことであってもです。私たちは罪人ではありますが、わずかでも良いこと、すぐれたところがあるならば、それは神からのもの、神の栄光に帰すことに喜びを感じるのです

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