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2018年5月20日 (日)

パウロの誓願

使徒18章18節
パウロは、なお長らく滞在してから、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向けて出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは一つの誓願を立てていたので、ケンクレヤで髪をそった。

第二回の伝道旅行で1年半という長い期間コリントに居たパウロは、エルサレムの事情が知らされたのでしょうか、急いでエルサレムに行こうとします。コリントから丘を越えたエーゲ海側の町ケンクレア髪を剃りました。私たち日本人的な感覚では、何らかの願い事が生じて髪を剃って=誓願を立てた、とこの箇所からは受けがちです。実は反対です。聖書【民数6:1-5】によると髪を剃るのは、誓願が終わImg_0848_2ったからです。

さて私は以前からパウロがどんな誓願をしていたのか、かなり気になっておりました。今回の聖書通読で、その一端がわかってきたように思います。パウロは異邦人の使徒とされていますが、実際にはパウロは同胞ユダヤ人が救われることを第一にし、そこが閉ざされると異邦人に行ったのです。福音は先ずユダヤ人に宣べ伝えられなければならなかったのです。パウロは新しい目的地に着くと、真っ先に会堂を捜し、安息日にはその会堂でイエス・キリストこそがメシアであると、いつも命懸けで語りました。

今でもそうですが、ユダヤ人は捕囚以後、
世界各地に住まざるを得なくなりました。当時のローマ帝国内各地には、会堂を中心にしてユダヤ人が共同体を営んでいました。パウロたちも知らない土地でのとっかかりとして、同じ神を信じているユダヤ人の方が伝えやすかったということもあったことでしょう。実際、その結果として当時のクリスチャンのほとんどはユダヤ人だったようです。しかしユダヤ人と異邦人との間には、同じクリスチャンでありながら…パウロがマルコに割礼を受けさせなければならなかったように…非常に大きな壁がありました。

エルサレム会議以降、異邦人はユダヤ教への改宗を意味する割礼を受けなくていいことになりました。ところがこれは、ユダヤ人クリスチャンまで律法から解放されることではありません。特例的に容認されただけなのです。つまり教会内に、安息日の過ごし方、律法に規定された食事など、まったく異なる二つのグループが存在するのです。初期エルサレム教会で、ギリシャ語を使うユダヤ人(つまり外国育ちの同じユダヤ人)のやもめたちがなおざりにされて七人の執事が誕生しましたが、さらにユダヤ人と異邦人となれば、もっと大きな問題が生じたことは間違いありません。これはエルサレム教会だけでなく、すべての教会での一大問題でした。そこでパウロが願ったこととは、ユダヤ人も異邦人も分け隔てなく、共に一つの御体となって教会形成することだったのではないでしょうか。
しかし誓願を立て、コリントに長逗留している間、パウロに聞こえて来たのは願いに逆行するエルサレム教会の律法主義化でした。A.D.50年ごろからイスラエルは、反ローマの民族運動がますます高揚し、66年にはついに戦争が始まります。そのような渦中にあるエルサレム教会は、存続をかけてますます律法に熱心になって(使徒21;20)行った・・・・パウロの願いとかけ離れたものになって行きました。

もはやエルサレム教会にとって、ユダヤ人と異邦人の分け隔てなく信仰義認の福音を語るパウロは、律法をおろそかにさせる、非常に困った人物になっていたのでしょう。神の計画は福音をユダヤ教から別離させ、キリスト教として全世界の民を救うことでした。パウロの誓願を超えて神の計画は大きく、パウロはそれを知って「みこころのままに(参考:使徒18:21、22:14)」と誓願を取り下げた、と理解するのは如何でしょうか。事実、急いで行ったエルサレムにおいてパウロは、その現状を確認したようで、もはや挨拶だけをしてアンテオケに帰るしかなかったのでした。

どんなに祈っても、しばしば自分の心からの願いや祈りが聞かれないことがあります。しかしそれには最善の神の計画があるためなのです。ここでは神を信頼し、委ねていくパウロの信仰を見るのです。

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