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2018年10月 7日 (日)

エルサレムの平和のために祈れ

詩篇 122篇6節     【新改訳2017】

エルサレムの平和のために祈れ。「あなたを愛する人々が安らかであるように。

エルサレムは一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれの聖地です。エルサレムのエルとは神、あるいは神の現れる、大いなるという意味であり、サレムとは平和です。エルサレムの現状は、名前の意味とはかけ離れています。それ故に祈るべきでありましょう。
また、全体としてはすべてイスラエルの支配にありながら、神殿の丘や、その周囲である旧市街の多くをイスラム教徒(モスレム)が押さえていますので、神殿の丘を中心に両者の争いが絶えません。ですが神が「エルサレムの平和のために祈れ」と命じておられることを、そのまま現実のイスラエル国を支援し、その平和が進むようにと祈ることは少し違うのです。どちらか一方の味方をして平和が来るでしょうか。聖書で言われている「エルサレムの平和を祈る」言葉の意味と真実を確かめて参りましょう。

現実のイスラエル国の首都エルサレムがこの地上には存在しています。ですがどちらにも味方しない、その聖書はもう一つのエルサレム、天の都エルサレムがあることを教えてくれます。実はこのエルサレムがみ心が完成し、早期に天から舞い降りるように祈るのが、このみ言葉の意味だと思われます。
詩篇122:6のエルサレムの平和は、何の為かというと、すぐに続けて書いてある通りでエルサレムの平和のために祈れ。「あなたを愛する人々が安らかであるように。122:7 あなたの城壁の内に平和があるように。あなたの宮殿の内が平穏であるように。」です。

これは天のエルサレムのことです。天の神殿は神を信じる一人一人の内にありますから、真のイスラエル人であるクリスチャンの中に、聖霊の宮があり神の神殿があります。
つまり私たちお一人お一人の中に平和がありますように、という意味に広がっていく者であると考えます。
現実のエルサレムはやがてバビロン化し、ますます戦争と混乱が広がってくると思われます。キリストの再臨から平和が実現するのを知っていますが、それまではますます悪化していくようです。その中でどうかみ心だけがなりますように、私たち霊的イスラエル人が一層平和になりますようにと、霊、魂、心を合わせて祈リりましょう。「主よ、来たりませ」と。

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