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2019年1月13日 (日)

7つの「I am 」

ヨハネ 10章11節      新改訳2017

わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。 

 「神さまって、よくわからない」、そういうお方がPhoto_2結構居られます。仏像とかのような偶像が神さまにはないので、そう思われるのかも知れません。しかしヨハネ伝には、それまでの喩えではなく、イエス様が「わたしは○○・・・こういうものである」とわかりやすい七つのステートメント(声明)をしてくださっています。イエス様は「わたしを見た人は、父を見たのです」(ヨハ14:9)と仰っていますので、この七つのステートメンで神さまを理解するのは大変な近道ではないかと思われます。

※七つの「I Am」の表を呈示

 今日はその中でも、四番目「わたしは良い牧者です」に着目してみます。七つの中で唯一人間に喩えてありますし、具体的でわかりやすいのです。ただし、私たち日本人は身近には羊に詳しくありません。それでイマイチ、聖書によく喩えられている羊と羊飼いの関係がわかりません。

 イスラエルの荒野には、狼の群れや時にはピューマが跋扈しており、羊は常に狙われています。そのような猛獣に羊飼いは立ち向かって、自分の守らなければならないはずですが、雇われ羊飼いは自分の命を惜しんですぐ逃げるそうでJesus_seveni_amす。

しかし自分の羊を飼っている本当の羊飼いは、自分の羊を守るためには決して見捨てず、命を賭けて狼たちと戦い、護りきろうとします。

 この羊たちとは神を信じた私たちのことであり、命をかけて私たちを守ってくれる良い羊飼いとは、イエス・キリストのことです。そのためにまず十字架に架かって死に、私たちの罪を贖ってくださいました。またキリストが復活することによって、信じる者には罪に対する勝利、永遠のいのちが与えられました。自分の羊は、決して見捨てられることがありません。そのことは、たとえ道に迷い、はぐれた哀れな1匹の小羊となっても、です。ですから神を信じる羊である私たちには平安があります。

神さまとはそのような方なのです。 

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