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2019年11月10日 (日)

新年度年間聖句

    ✝Ⅱ歴代誌 20章15・17節  【第3版】
彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。【主】はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。
 この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる【主】の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。【主】はあなたがたとともにいる。』」

 今年度も縦糸と横糸を織るようにして、私たちの教会なりの年間聖句講解を試みたいと思います。まず縦糸の歴史ですが、二つに分裂した王国の内、北イスラエルは初代王からずっとバアルの神々に翻弄されました。しかし南のユダは神によって何とかダビデのケ血筋と信仰が曲がりなりにも守られて行きます。

 本日の聖書箇所ユダのヨシャファテ王はレハブアム-アビヤ-アサと続く四代目です。古代からの交通の要衝であったこの地は、周辺国やエジプトなどから絶えず侵略される運命にあった地でした。信仰深かった父アサ王の時代にもクシュの百万の大軍が攻めて来たのですが、この時神の力に依ってアサ王は圧倒的な勝利を得ました。ヨシャファテはそれを目の当たりにしていたはずです。ヨシャファテの代になって、イスラエルのアハブ王がアラムとの戦いを始めようとした時、預言者ミカの真の預言が成就するのも体験しています。その後ユダをとり囲んでいた図の周辺三ヵ国が、結託してユダに大軍で攻め来たという、国家存亡の大ピンチが今回です。しかしこれらの国はイスラエルとはアブラハムの甥ロトの末裔であったり、ヤコブの兄の子孫ですから、カナン占領の折には戦いを避けた、いわば身内の国々だったのです(2歴20:10)。

 聖句の中心は王が「心に決めて【主】の助けを求め、ユダの全土に断食を呼びかけた」こと、そして王の求めに応じ「ユダのすべて町から人々が来て、【主】を求めた」ことにあります。問題を人間的な力で力や交渉で解決しようとするのではなく、ただ信仰に求めたこと、その国家単位での信仰が義とされたという点が非常に大切な点です。

 次に第二点として今日私が特に示されているのは、この三カ国がユダを攻めること自体、欲に目がくらんで同族の恩を仇で返すような、神の道に背くことであることであって、これをもってヨシャファテ王が「彼らをさばいてくださらないのですか」(20:12)という祈りとなったのは当然でした。義なる神はこれに答えられ、ヤハジエルを通して「これは主の戦いである」「主の救いを見よ」とされたのは、裏切ったとはいえ親族争いに直接手を出させないようユダを守られ、義を持って裁かれたのが見落とせない第二の点です。

 第三の点として吟味があります。父アサ王時代クシュとの戦い、ミカが預言したアラムとの戦い…これらを通し、ヨシャファテ王は瞬間的にハジエルの言葉が神からだとわかったのです。もし吟味を間違って現実的な選択をしたら…それはまったくお話にならない悲惨な結果になっていたでしょう。神を信じていても、実際に神と交わっていないなら、このような吟味は出来ません。この三つが今年度年間主題理解のポイントです。

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