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2020年6月14日 (日)

一つになりたい-may be one-

ヨハネ 17章22-23節        【新改訳2017】

またわたしは、あなたが下さった栄光を彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
わたしは彼らのうちにいて、あなたはわたしのうちにおられます。彼らが完全に一つになるためです。また、あなたがわたしを遣わされたことと、わたしを愛されたように彼らも愛されたことを、世が知るためです。

  先ほど特別讃美曲「通り良き管として」で「あなたと一つになりたい」という歌詞がありました。英語ではmay be oneです。ちょっと驚きました。直訳調で言えば「一つになるため」ではなく「一つになれるかも知れない」って、期待的なんですね。
 この章はイエス様がこれから十字架に架かり、その先の復活もペンテコステも未だという段階です。世を去るにあたって、イエス様が最も心しておられたことは「弟子たちが一つになる」ことでした。何と一つになることでしょうか。それは弟子たちが団結して一つになることではなく、聖霊の神の支配によって、一つの御霊のものとなることだったはずです。なぜならそのためにこそ、これから十字架の御業を成し遂げ、復活とペンテコステによって最終的に「一つになる」ことが完成するからです。

 見逃せない点は、ペンテコステが信じた者における聖霊のバプテスマであったことです。つまり聖霊のバプテスマを受けていなければ、どんなに神を信じていようと、一つにはなれないのです。今日の教会のほとんどの問題が、この一点にあると言って良いでしょう。かつてキャサリン・クールマンはそのミッションスタッフについて、聖霊のバプテスマを受けていないスタッフとは、共に仕事をすることは出来ないと明言しました。それは当然なことであり、今も同じです。

 ですから私たちは主イエスが祈ってくださったように、聖霊の内住に留まらず、聖霊のバプテスマを求めましょう。問題は聖霊のバプテスマの認定です。明確な体験があることが目安になります。自分が受けたかどうか分からないような聖霊のバプテスマがあるでしょうか? また神さまとの体験をされた方で、はっきりしない方、その方は祈り求めてください。may beですが、必ず与えられるはずです。

 聖霊のバプテスマは、九つある聖霊の賜物以前に新生を伴い、その聖霊の実を実らせます。私は賜物よりも実の方を重く見ます。祈りましょう。受けた人はますます注がれ続けられるように、受けていない人は荒野でマナを求めるように、あきらめず熱心に祈り求めましょう。神はあわれみ深い方なのですから。

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