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2020年10月 4日 (日)

アバ、父よ

✝ ローマ 8章14-15節         新改約2017

14 神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。
15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。

ガラテヤ4章5-6節   新改約2017

5 私たちは自分自身を宣べ伝えているのではなく、主なるイエス・キリストを宣べ伝えています。私たち自身は、イエスのためにあなたがたに仕えるしもべなのです。
6 「闇の中から光が輝き出よ」と言われた神が、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせるために、私たちの心を照らしてくださったのです。

 私が子どもの頃、父の役場という父の職場によく出入りし、庁舎内のどこを行こうがまったく咎められることはありませんでした。長じてこれは「不思議なことだった」と思っておりました。ところが今朝ほど、それはすべて私が父の子であることで、看過されていたんだなということがわかりました。確かに父は長く特別職である収入役でした。それだけでなく、ポイントは職場の全員が父の子としての私を知っていたということです。どうしてそんなことがあったのでしょうか。それは毎年、仕事始めが終わった一月四日の午後、私の家で役場の全職員が集まって新年宴会を開いていたことです。その宴会が興味津々で、一人混じって出ていたのでした。つまり庁舎内をうろつき回るこの怪しげな子は、全員が誰の子か即座にわかっていたのです。

私たちが天のお父様のことを「アバ、父よ」と呼び、その子どもであるということは、つまり天国は自分の家になるわけであって、子である私たちは何の臆する所もなく、すべてを享受できるのです。やがてこの地上に降りてくる栄光に包まれた天のエルサレムが天国です。今この地上では取るに足らない存在の私たちですが、それがどれほど光と栄光に満ちた恵みであることか、いくら想像しても及びつかないことだと思うのです。

 ただし、すべては「子である」という前提の話です。私たちはどのようにして自分が神の子であることを知るのでしょうか。勿論、実の子はイエス様です。わたしたちは養子ですが、しかし子としての特権は世での養子と同じように与えられるのです。養子であるなら、自分が神の子とされた、籍が天に移されたと知れるのは何によってでしょうか。「神の言葉と聖霊によって」です。
 本日の聖書箇所ローマ8:15には「子とする御霊のを受けたのです。この御霊によって私たちは『アバ、父』と叫ぶ」とあります。<※ガラテヤ4:5-6も同様> この、子としての実質はローマ8:23によると御霊の体になってからということがわかります。クリスチャンの葬儀は「ハレルヤ!」である理由でもあります。
 さて神によって世界の基が据えられる前から、私たちは御国を受け継ぐ子とされて<エペソ1:3-5>いたのですが、その保証は聖霊だと続く14節にあります。本日の聖書箇所でもそのように、父なる神は聖霊を私たちに遣わされ、その聖霊によって「アバ、父よ」と私たちが叫ぶとあります。御霊によって子とされた私たちは、地上ではその御霊に導かれ召されてそれぞれの使命を全うして行きます。聖霊に満たされれば満たされるほど、地上でのことは取るに足りないことであって、私たちは天への希望に満ちあふれて行くのです。

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