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2021年5月23日 (日)

神様のお人2-御霊の人-

ガラテヤ 6章1節   2017新改訳

兄弟たち。もしだれかが何かの過ちに陥っていることが分かったなら、御霊の人であるあなたがたは、柔和な心でその人を正してあげなさい。また、自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。


ペンテコステは一般には教会ができた日として祝われています。しかしこの日はクリスマスや復活祭よりも祝われるべき日だと思えます。なぜならメシアが世に来た最終目的が、ペンテコステにあると見ているからです。十字架によって罪なき者とすることにより、その人に聖い御霊様が臨在の主としてお住みになれるようになり、かつその満たしによってみこころを行う者となるからです。聖霊の満たし、聖霊のバプテスマが聖書で繰り返されて語られる「証印」という、天への確信を与えうるものであるのはこのためです。

 繰り返しますが本日の聖書箇所、「御霊の人」とは「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証(エペソ1:14)」です。ハッキリ申し上げて<御霊、あるいは聖霊>の人とは、その満たし、聖霊のバプテスマを体験している人以外にはわからないものです。その真の体験もなく、情報だけで論じている人が、多くの混乱を実際に招いているのです。それはちょうど真札を知らない人が偽札を見抜くことがないのと同じです。

 また私たちがどんなに神のみ心を行いたいと願っても、<聖霊だけが神のみ心のすべてを知っている(1コリント2:11)>なのですから、まず聖霊の満たし、バプテスマを受けていくことが先決なのです。しかしこれは人の思いや働きによるものではなく、一切が神のみ心によるのですから、どんなに熱心に祈り求めたとしても、ことは神の時によるしかありません。自分が神の御手にあり、完全な所属となるようどこまでも委ね、最善のタイミングで注がれると信じましょう。忍耐と信仰が試されるのです。

 聖霊様を体験するなら、聖潔と呼ばれるきよめや聖霊の賜物と呼ばれる異言、預言、癒やしなどの賜物は、実は単に聖霊の力の現れに過ぎないことを知ります。神は御心に従って必要な時に、必要な人に与えられるのであって、「これこれが無ければいけない」と人に過ぎないものがあれこれ注文をつける類いのものではないはずです。それはちょうど、我が子をお店へのお使いに行かせる時、お金を持たせず、また何を買って良いのかわからないまま行かせる事がないのと同じです。

 聖霊様を体験するなら、その体験のシチュエーションや多少の違いがあっても、人々は同じようなコアな体験を持ちます。それは神の愛です。神の愛を知って、私たちは根本から変えられて行くからです。自らの力ではなく、新しい人になるのです。自分をすべて神に捧げてしもべとなること、そして神のみ心を行ってその愛に応えて行きたいこと、など激しい渇望をもって望むようになります。本日このペンテコステの日に当たり、この聖霊様についてさらに祈り求めて行きましょう。

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