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2021年5月 2日 (日)

死に打ち勝つ勝利

コリントⅠ 15章54節   2017新改訳

そして、この朽ちるべきものが朽ちないものを着て、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、このように記されたみことばが実現します。「死は勝利に吞み込まれた。」

 イエス・キリストの十字架は、私たちの罪を赦すためでした。その罪への勝利として復活があります。但しその復活は単なるRisen(自分自身でよみがえり)であり、それも単なる生き返ったよみがえりではなく、〈御霊のからだ〉でのよみがえりと言う根本的な異なるものでした。

 御霊のからだ、これは驚天動地とも言えるもので、朽ちない、つまり永遠の天でのからだの初穂であったのです。天国製のもので、罪の無い存在だけがまとえる天国人の姿です。
 今一度この復活されたイエス様の〈御霊のからだ〉を見ていきましょう。これはあらゆる点で、それまでのエリヤたちやラザロやヤイロの娘、ナインの女の息子のよみがえりとは異なっていました。彼らはよみがえりましたが、時が来た時、また再び死んだのです。しかし〈御霊のからだ〉は単に二度と死なないだけでなく、およそ人類には理解も想像もできない多くの不思議を伴っていました。テレポーテーション(瞬時にどんな遠隔地にも移動)でき、トンネル効果(物体が物体を通り抜ける)を実現し、その体に実際に触れる実体を持ち、あまつさえ食べることができました。
 このような「御霊のからだ」を常識のある人なら、到底信じることができません。おまけにイエス時代の五百人あまりの人々を除いて、この事実を証明する人物はいないのです。しかし聖書を信じるなら、聖書の中身であるこの〈御霊のからだ〉を信じなければなりません。なぜならイエス・キリストは自らに関する全ての預言を成就させましたし、この〈御霊のからだ〉については、五百人以上の証人を持って明らかにしているのです。なおかつ、今も人々に御霊が注がれ、御霊のバプテスマを受けた人々は実際に確信を持ってこれを信じることができます。

 神は御子を送られ、私たちを罪なき者としてくださいましたが、それは〈御霊のからだ〉を通して永遠に天の国で子として交わらせるためなのです。つまり御霊のからだこそ、神の恵みの最終形なのです。
 聖書を神の言葉として信じるかどうかより、聖霊の体験と初穂としてのイエス・キリストと同じ姿になる聖書の約束によって、今や私たちはこのことの確信を持っているのです。
 聖霊のバプテスマを受けるまでは、確信を持てませんでした。体験がないことには、神をリアルに信じているとは言えませんでした。しかし聖霊のバプテスマを受けてからはまったく一変しました。聖書が神の言葉であり、真実であると固く信じるようになりました。この御霊のからだについても、私はまったく信じることができます。神を信じる者にとって、死は滅ぼされ、御霊のからだに変えられて行くことを完全に信じることができます。私たちは変えられるのです。ハレルヤ!

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