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2021年7月 4日 (日)

本当の自分に立つ

ヨハネ 14章6節   2017新改訳

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。

 真実とは良く言った言葉だと思います。実が本当にあるという字だからです。このことから、イエス様が「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ」と語られたことは次の一つの法則を示しています。つまり神を信じて救い主と告白しても、ただ口にしたことばがその通りに、約束された実を結んで(ガラテヤ5:22-23)こそ、真に神の国人になると言っているわけです。
従ってどんなに教会生活が長く、どんなに教会の重要な役職を奉仕をしていようと、それら目に見えることは、永遠のいのちである天国とは関係ないことです。むしろそれらは、ある意味、さばかれる原因の一つになるかも知れません。

 「真に実を結ぶ」とは、たとえば先ほどの I姉の証しのように、偽りに立たず、「真実」に立って生きることを選ぶということです。神を信じる者には、たとえ当座はつらくても、そのように神が造られた恵みの計画を信じますから可能なのです。そして実際、神は信仰に応じて祝福して下さいます。信仰がなければ神に喜ばれないのと同様、真のクリスチャンは偽りに耐えられません。内住されている神に聞き従うので、真実の上に立つのです。
 問題は自分自身の真の姿、それがわからないクリスチャンがいることです。そのような方にも神は試練や困難を送って,どうにかして気付かせようとされるのです(ヘブル12章5-7節)。しかしどのようにしても、人間的な偽りに気づけない場合、悔い改めて新生し、その人の中に神が住まうことは困難です。私たちは口先のことばではなく、自分の本当の姿から、十字架の神の愛にすべてを委ね、すべての希望を見いだす者となっていきましょう。

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