癒やしとしるしと不思議
✝ 使徒 4章30節 2017新改訳
また、御手を伸ばし、あなたの聖なるしもべイエスの名によって、癒やしとしるしと不思議を行わせてください。
ペテロとヨハネが留置された夜から教会は二人のことを一晩中祈っていましたので、恐れずに証した報告と祈りを聞くと(31節)「集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語り出した」のでした。二回目のペンテコステのような出来事が起こったのです。
信者が自分の財産一切を差し出して共有したエルサレム教会の有り様は、このような聖霊に満たしによって起こったのです。聖霊の満たし(聖霊のバプテスマ)は、単に異言が出る表面的な現象を指すのではなく、その人の価値観が救いの恵みと喜びに溢れ、現世的な思考が払拭され、新生していなければ不可能です。御心一番、御霊に生きる者に変えられた姿です。
このように聖霊の満たしによる<癒やしとしるしと不思議>は福音を大きく前進させます。人間的な伝道の努力をはるかに凌駕する神の働きです。これから始まる終末のリバイバルでは、私たちは「後の雨」として再びこの<癒やしとしるしと不思議>が大規模に現れることを知っています。大勢の人々がこれによって、救われて行くことも分かっています。しかしその時には、導火線のような証し人、信仰者が要るのです。私たちの教会はその使命を負っている教会です。ですから私たちはこの<癒やしとしるしと不思議>を祈り求めるのです。
ところで<癒やしとしるしと不思議>をオールインワンでもたらす決定打があります。それは<死者のよみがえり>です。聖書には七つのよみがえりが記述されていますが、その中でも使徒ペテロを通しての奇蹟、ドルカスのよみがえりについて触れて参ります。
七つのよみがえりの中でもペテロが「タビタ、起きなさい」と言葉によってよみがえらせたのは特別です。ペテロはヨッファの信徒たちに「よみがえりの奇蹟」を依頼されて、おそらく神に指示されてドルカスの所に来ました。ドルカスをよみがえらせたペテロは使徒の中でもさらに強められ、直後のコルネリウスとの出来事を通して、異邦人伝道を大きく開く最初の突破口となりました。
実はこの教会にドルカスという洗礼名の婦人がいますが、聖書のドルカス少し似ているところがあります。ドルカスがペテロを通してよみがえりましたが、実はこのドルカスもペテロと結婚することによって、自分らしい自分に、生きかえったようになったのです。この結婚のために、バルナバのように、すべてを捨てることに躊躇しませんでした。そして見知らぬ地に来て、多少の苦労はしていますが、喜んでおり、後悔をしていません。なにしろ本来の自分に戻れて歩んでいるのですから。このドルカスという洗礼名がもたらされたエピソードや確認事項もあるのですが、それは長くなるので省かせていただきます。考えてみれば、実に大きな私的な奇蹟です。
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