フォト
2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    
無料ブログはココログ

« 大能のちから | トップページ | キリストの律法 »

2022年11月13日 (日)

2023年年間聖句

申命記 1章40節 

【新改訳2003】 あなたがたは向きを変え、葦の海への道を荒野に向かって旅立て。
【新改訳2017】 あなたがたは向きを変え、葦の海の道を通って荒野に向かって旅立て。

〈あなたがたは向きを変え、葦の海への道を荒野に向かって旅立て〉これは第三版ですが、向かう方向を示しているだけですが、2017では〈葦の海の道を通って〉と、実際に行って通れ、と具体的に言っています。
 さて私たちの群れはスタートしてこの11月で38年7ヶ月経ったわけですが、40年が目前です。この時点で、これまでの長きにわたって荒野のような訓練を受けてきたし、まだ約束の地にも入れていないが、しかしこれから、その成就の時を迎えて行くようになると語られたのです。

 リバイバルは始まっているのだが、ちょぼちょぼの段階なのです。私自身は今の時を、ヨルダン川を前にしたモアブ平原に居るとするならば、実はこの時すでにモーセはヨルダン川の東岸地域を征服し、2部族に与えているんです。目指すカナンの地を前にして、ちょぼちょぼではありますが、確かな足場は築いているのです。この群れとダブりませんか?そしてこの御言葉です。

 私たちは患難時代前半に世界を覆う大リバイバルがあることを知っています。私たちはそれに用いられるのです。クリスチャンが大量に起こされて行く時というのは、決して順風満帆の時ではありません。ローマ時代は、ネロ帝などによる大迫害に耐えて国教になりました。カトリックにとって最悪の危機、ローマの滅亡が逆にヨーロッパの諸王の上に立つ教皇権の確立になりました。プロテスタントの誕生も然り。韓国のリバイバルも、日本軍の支配に屈服せず、多くの殉教を出し、次には朝鮮戦争という、民族の血を血で洗う大悲劇を通して実現しました。困難なしに神のわざが現されることはなく、リバイバルは始まらないないのです。私自身も、人格が変わるほどの苦しみを通して神様は現してくださったのです。

 これから約束の成就の時を迎えようとしているだけでなく、この試練で得たものは何か?「私たちは罪人である」ことでした。にも関わらず、私たちは神の祝福を受け、恵みを受けてきた。そして神からのものも、自分の力でやろうとしてきた罪人である、とこの時語られたのです。私たちは神さまあっての存在で、それ以外は何もできない者です。今、神から真に来たもの、御心のものを忠実に果たしたい・・・それが<群れがスタートした初めの信仰深かった段階で、葦の海>なんでしょうか、に戻って主に委ね、<リバイバルでの神の働きを担えるように再出発して行け>・・・年間主題の意図はこれなのではないか、と個人的に思わさせられています。

 この成就の段階において、自分の力はアウト、そしてこれまでの向きを変え、神さまの力に依り頼って、困難な道が待っているけれども、神のリバイバルの働きを担って行こう、約束の成就を得よう、これが今年の年間主題だと私は見ました。

« 大能のちから | トップページ | キリストの律法 »

聖書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 大能のちから | トップページ | キリストの律法 »