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2023年3月12日 (日)

御霊に満たされなさい

✝ エペソ 5章18節   2017新改訳 

また、ぶどう酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。むしろ、御霊に満たされなさい。

 酒は世の楽しみを意味し、一時のものであって、醒めた後は空しいものです。また酔ったが故に失敗することがどれほど多くあることでしょうか。そのようなものに頼るのは滅び行く人たちの業です。確かに聖書では飲酒を全面的に否定してはいません。しかこのエペソ5章18にあるように、基本酔うことを戒めています。この点我が国では酒は酔うために飲むのです。飲酒の背景がまったく異なるのです。御言葉の「そこに放蕩がある」とは酔うことを指しているのです。半砂漠地帯で乾期が長く続くこのパレスチナの地では生水が腐りやすく、葡萄酒が保存飲用として必用な事情もあるのです。
 特に個人的な体験から言いますと、かつて「酔うために」飲んでいた酒が、御霊に満たされること、つまり聖霊に触れられ信仰を増された時、酒を必用としない体に変えられ、いつの間にか数ヶ月も経っていたという経験をしました。御霊は、酒に酔うことをお嫌いなのです。御霊を受けた信者に酒は無縁のものです。逆に言うと、酒を必用としている限り、その人は御霊に満たされていないのです。

 さてこの御言葉、「御霊に満たされる」ということは、聖霊によるバプテスマを受けると言うことと同義です。確かにペンテコステの際、弟子たちは昼間から酔っているかのように誤解されました。確かに私たち人間というものは、すぐに醒める酒に空しさを感じます。最近発売されたマーリンさんの「獄中からの讃美」にもとづいた漫画「PRISON to PRAISE」が出版されたのを機に、その元本の方を読んで、この聖霊に満たされる有様に深く感動しました。ではこれからはその4章を中心に語らせていただきます。

  ここでは「今、信じなければ手遅れになる」という神からの一方的な語りかけに、マーリンは神の実在に震え、応じます。これは母や祖母の祈りが叶えられたとも、神の計画の御手が動いたとも読めます。マーリンが信じた時、御言葉が生きて語りかけたりし、牧師への道を歩むことになります。しかしクリスチャンの落とし穴とでも言うべきものにマーリンは陥ってしまいます。つまり動機は人助けしたいという純粋なものであれ、聖潔への道を自分の努力で掴もうとしたのです。

 しかし結論から言えば、それはまったく逆行するものでした。信仰の奥義とは、キリストが私たちの内に住んでくださり、内側から私たちを変えてくださることです。内住される神を信頼し歩んでいくなら、当然ながらその神と私たちが似たような者になるのです。

さらに神はへりくだられて、「わたしを用いてほしい」と仰っておられるのです。

 

 

 

 

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