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2024年1月14日 (日)

恐れるな

ヨハネ 14章20節   2017新改訳

その日には、わたしが父のうちに、あなたがたがわたしのうちに、そしてわたしがあなたがたのうちにいることが、あなたがたに分かります。

 最近マザーテレサの手紙というものを知る機会がありました。以下、その内容です。
「神が存在しないのであれば、魂の存在はあり得ない。もし魂が真実でないとすれば、イエス、あなたも真実でない。」・・・この手紙はごく親しい司祭に宛てたもので、本人からは非公開にしてほしいと要望されたものでした。  
 この手紙を読んでみると、彼女は神の存在を一時的にせよ、疑う時があったことがわかります。もちろん神の存在を疑うことは天的なものではありませんが、この世に肉体をもって存在している限り、惑わしは逃れられないものです。むしろ、その揺るがせの中で、堅く信仰を持ち続けることが大切なのではないでしょうか。つまり、マザーテレサも弱い肉体を持った人間であった、その中でことごとく惑わしを断ち切り、打ち破ってあの偉業を成し遂げたのです。

 さて視点を聖書に戻してみますと、偉大な預言者エリヤでも死を願ったり、聖霊のバプテスマを受ける直前の弟子たちも、同じような疑いと不安の中で集まり、必死に祈っていたはずです。現代でも明らかに神を声を聞いたマザーでも、こうした疑いを抱かされるのです。私は幸い、聖霊の注ぎを受けた以後、存在を疑うことはなくなりましたが、それでも神を身近に感じたり、時に遠く感じたりします。クリスチャンには次のような段階というものが存在します。

聖化の段階
①無味乾燥の不毛状態が続く
②全ての被造物との離脱に導かれる
③その後は神の御手に適合した道具となって、純粋に私心なく神に使える
④キリストとの高い一致に到達する

 私は③や④のような段階に至るまでの、②の段階であり、かなりひいき目に見ても、③の初心段階ではないかと思います。それでもキリストや神を決して否定することなく、老化という神が導かれる恵み、肉体の衰えが肉体への希望を失わせつつあるという恵み‥‥それは全ての被造物との離脱に向けての大きな希望を抱くのです。
 それゆえ聖書には、いったい幾度神は「恐れるな」と語られているのでしょうか。疑い、恐れてはなりません。自分自身への疑いや惑わしに乗らず、③の段階である、神が用いてくださる私への使命を、神は全うさせてくださることを確信しているのです。
 神を信じ、神を追い求め続けましょう。その先にあるのはただ天への希望であり、神の光です。さあ、祈りましょう。

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